【銀座湖山日記/5月13日】日本型CCRC

【銀座湖山日記/5月13日】日本型CCRC

私は、銀座の若旦那の会として、銀座祭の企画として参加した事もある。
銀座祭は、百貨店と共に発展したが、今は、それほどでもない。
街の成長進化と共に変わってきたのだと思う。
私は、銀座映画祭を目指して、試写会を7回企画したが、映画祭までは、辿り着かなかった。
銀座は、高速道路、鉄道に囲まれるように周辺と区分が可能。
江戸時代の金座・銀座として整備された名残で、地域文化も歴史的に確立されている。
将来、高速道路は、地下に移され、路上は、植樹の多い道並みに再整備されるはずだ。
遠い将来になると思うが。
不動産バブルの頃の街計画でも、論議されたが、今、やっと日の目を見るのだろうか。
京都の街づくりに似てくるのかもしれない。
私は、病院・老人ホームを単体機能施設と考えた事はない。
街づくりの一環として、私が関わる街づくりの橋頭堡として医療福祉施設を開設し、運営して来た。
過去、国の政策として、WACがあった。
健康保養基地とも言われた。
老人ホームの勃興期には、アメリカのシニアタウン、CCRCを日本に作ろうという運動もあった。
でも、今になって見ると、日本に根付いて、発展しているとは言い難い。
アクティブシニアが、セカンドライフを楽しめる街。
理想的なのだが、日本では、難しいのだろうか。
日本では、人工的な街づくりは、どうも、上手くいかない。
大西部の砂漠に、新しい街を作っていくアメリカ独自の文化のような気がする。
日本は、どこでも、土着の村や文化が出来上がっていて、全く新しい文化都市を作るには、狭い島国なのかもしれない。
人口的に整った、SF映画のようなコンピューター管理の未来都市が出来ても良いのだが。
介護保険適用の65歳以上しかいないディズニーランド。
その周辺を老人ホームが取り囲む、エプコットセンター。
やっぱり、なんかおかしい。
日本の街並みは、立派な表もあれば、如何わしい飲み屋のある裏通りもあるのが自然な文化。
日本は閉鎖的なようでいて、開かれた流動的な街を作ってきたのかもしれない。
銀座で生まれ、銀座を本部として全国に発展してきた湖山グループは、銀座を見据えながら、改めて、全国の高齢化の街を考える。
医療と福祉の社会への浸透と拡散。
未来への介護も、医療の進歩進化と共に成長して行く。
国の介護の制度は、一応、全国に充足したのではないだろうか。
次は、戦後最大の医療の変革の波が訪れる。
湖山は、医療と介護の両足で歩む。
両手・両足の経営と自称している。

本日職員新規PCR検査陽性者2名。
ご苦労様です。感謝致します。

今朝のパルスオキシメータ 98・97・97
食前血糖 151

街の放浪者 代表 湖山泰成

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