【逆転の経営】第13回 - 初めてのタイで医療と介護を考えた –
高度成長期の活気あふれる日本のよう
本年1月末に生まれて初めてタイ国に行ってきた。私は、厚生労働省、国際協力機構(JICA)の関係で、タイ国のヘルスケアアドバイザーをしている関係もあって、昨年から、静岡県富士市の湖山病院で、タイからの研修生を受け入れている。これまで一度もタイ国に行ったことがないというのも失礼かと思い、今回、視察見学に行ってきた。
最近では、知人のなかにも、ハワイファンより、タイファンが多く、年に何回もタイに出かける人も少なくない。その魅力は、高級ホテルを除けば、滞在費が安く感じられることと、それ以上に、日本人にとって親和性がある土地柄であることも大きい。
タイは「やさしい微笑み」の国である。どこでも、誰もが、やさしく微笑んでくれる。病院ですれ違う若い女性スタッフは、誰もが遠慮がちに頭を下げてあいさつしていく。受付の人も、「くどい」くらいていねいである。
首都万国は活気にあふれ、働く人にも「力」があった。とこかで見た風景。そう、私が小学生であった頃、東京オリンピック当時の東京そのものだった。昭和30年代の忘れかけた文化と生活が、タイにはあるように感じた。
都心のメインストリートは交通渋滞、高層ビルがいくつもそびえ、商店街の軒はどこも、つくられたばかりのようにきれいであった。いずれもピカピカであった。このピカピカの新車こそが、ローンで新車を買い換える経済的な「力」と、将来への自信を象徴している。高度成長期の日本の明るい雰囲気や気分そのものである。
病院・施設運営ノウハウを世界に提供できないか
そして、バンコクを外れると、古いアジアの農村の風景がみられる。高齢の日本人がはじめて訪問した場合、女性よりも男性のほうが、タイに惚れこんでしまうという。
王政、仏教、お寺という「古い伝統」と、第2次世界大戦後の駐留米軍が持ち込んだアメリカ文化とアメリカ自由主義経済という「新しい文化」が併存している。戦後の日系企業が培った親日国民性と、今ではゆるぎない存在感のある日系企業郡があって、日本からの観光客も多い。日本人にとって居心地のよい日系人社会になっている。
現状はまだ、高齢化社会に遠い若い国ではあるが、10年先の将来を考えて、今から、日本の介護保険制度を学んでいる。日本が世界に誇る先進的ソフトは、漫画やアニメだけではない。「国民皆保険」や「介護保険」などは、世界的にみても、高齢社会に対応するための先駆的取り組みであり、その歴史は貴重な経験のそのもである。
人口の少子高齢化は、国力や文明が衰退する最大の要因であることは間違いないとしても、世界のいかなる大国や、いかなる偉大な文明であっても、平和で豊になれば、寿命は延び、人口の高齢化は避けることができない。日本は「老人国」ではなく、「老中国」として、国民を幸せにできるかどうか、人類初の大事な選択の岐路に立っている。医療・介護制度、医療・介護施設運営のノウハウを広く世界に提供することを、外交政策にもっと活用できるのではないだろうか。
生活文化の違いを乗り越えるための交流
アジアから、看護・介護スタッフを多数受け入れることは、社会構造的に難しいであろう。法律・制度や経済格差の問題というよりも、ほとんど外国移民労働者を受け入れていない日本において、そもそも日本人同士であっても難しい「高齢者の介護」を、外国人が担うこと自体とても難しいと考えるからだ。
数年で帰国する外国人は、日本ファンになるどころか、閉鎖的な日本に悪い印象をもって帰ってしまうのではないかと心配している。生活文化や価値観の違いを乗り越えるためには、長い日本での生活体験が必要になるし、その前提として、国同士、国民同士の長く地道な文化交流や交際が必要である。
ましてや、日本は周辺の近くの国とけっして仲が良いとはいえない。自国の国民になり手の少ない職種だけを外国人の入国を許すという都合のよい考え方について、相手の国の人たちは愉快な気持になるだろうか。相手の立場になって考えてほしい。医療・介護の仕事の本質は、わがままな生身の人間に接し続けるデリケートな仕事であると肝に銘じている。だから医療・介護分野での外国人の受け入れはとても難しい。
視察のついでに、日本人にも有名な、バンコクの高級巨大病院をいくつも見学してきた。お金持ち、海外企業関係者、アラブの王族、華僑財閥、アメリカの金持ちが主な対象である。「メディカルツールズム」を実践し、世界を相手に成功している。
日本のどの高級ホテルよりもリッチに感じる。サービスの係の人員が豊富で、実際にホテル勤務経験者が務めているようである。実際、日本人患者を一番集めている巨大病院の日本人支配人は、アジアでブランドホテルでのキャリアのある優秀な人であった。
どの巨大病医にも、アラブ対応、中国対応、そして、日本人対応の支配人がいる。アラブのお金持ち患者が一番の顧客のようであるが、あの「リーマンショック」以後は、影響が出ているようである。
日本人患者はそれほどのお金持ちではないが、安定した顧客として見直されているようで、担当支配人は毎年、日本に出かけ、旅行会社、保険会社、日本での協力病院にあいさつにまわるという。
「メディカルツーリズム」は、世界が相手なので、アメリカ式医療システムの病院でないと勝負にならない。ハード、ソフトの贅沢さ、巨大さは、とても今の日本ではかなわない。
民間レベルの継続的な交流で関係を構築
もっと驚かされたのは、その病院には、日本で勉強し、働いていたタイ人医師が10人以上いて、しかも、院長は昔、東大の医局に在籍し、その当時、私どもが経営する銀座病院に当直でアルバイトをしていたというのだ。
日本を懐かしがってくれる、日本ファンの医師がタイには多くいるそうだ。その院長は、今年春に学会で来日されるというので、早速、その際には病院団体の勉強会の講師として出席していただくようお願いをした。また、日本に留学経験のあるタイの医師と、日本の医師との交流会を企画しようと話は盛り上がった。
私どもの湖山医療福祉グループは、かつてから民間レベルでの国際文化交流と交際を続けている。今年は、当グループでは、タイから介護スタッフの研修生を受け入れるだけでなく、タイ皇太子病院財団の視察団も受け入れる予定である。秋には、日本から20代の病院・施設スタッフを大勢タイに視察研修に送り込むつもりである。
日本からタイまで飛行機でわずか7時間しかかからない。タイと日本の民間レベルの交流を続けながら、今後の相互関係の構築にも貢献したい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【解説】
解説に関しましては以下URLをご参照いただければ幸いです。