ワルキューレ
歴史的実話である。独裁者ヒトラーに率いられる第三帝国も敗戦の色濃厚になってきた頃、ドイツ軍最高幹部の一団により、ヒトラー暗殺計画が実行された。その首謀者こそ本編の主人公である。ヒトラーは、狼の巣とよばれる深い森の中の軍事基地に隠れ、隠密行動の独裁者。計画はヒトラーに近づける主人公大佐が、鉛筆型偽装爆弾を会議室に持ち込むしかない。今では詳細に研究し尽くされた史実に忠実である。さすが、監督ブライアン・シンガー。大佐が眼帯をし、片目で睨み、手首のない右腕を上げて、ハイルヒトラーと叫ぶ。しかし、暗殺は失敗だった。それが分かっていてこの映画は作られた。ストーリーは暗殺ではなく、クーデター計画の全貌にある。ドイツ人気質というのだろうか、まじめ、計画的、厳格、命令遵守、組織絶対。チャンスがあれば、とにかく暗殺をすればよいのに、などとはドイツ高級軍人は考えない。ヒトラーへの忠誠を神に誓った以上、クーデターは反逆罪になる。だから、ヒトラー自身のクーデター勢力を制圧する作戦命令を偽装して、軍事手続きを遵守して権力奪取がなされる。この作戦が秀逸。見ているうちに独裁者側とクーデター側との善悪は判らなくなる。とにかく、イタリアのクーデターだったら、こういう杓子定規には進むまい。何しろ鉄壁のドイツ軍である。でも、ちゃんと、どちら側にも日和見の高官がいて納得する。この映画はトム・クルーズで損をしている。どうしても、MI:Ⅱのイーサン・ハントに見えてしまう。でも、写真で見る名門貴族出身のプライドの高い実在の大佐に横顔がそっくりである。日本にワルキューレは発動しない。(こ)